空手に先手なし!

昔から、「空手に先手なし」と言われているが、空手道を心得る者は、

決して自分から事を起こしたり、好戦的な態度をとってはならない。

自分自身の力をひけらかすような態度は戒めるべきで、

やはり空手家は如何なる時でも紳士淑女たるべきであろう。

「君子の拳」に標榜してあるように、

人の道にはずれる行為は厳に自戒せよということが空手道の道なのである。



「空手に先手なし」

空手道の形も、すべて受けから始まっているという点に留意したい。

まず考えたいのは、なぜ受けから始まるのかということだ。

「空手に先手なし」=「空手に受け手あり」ということになるのだろうか?

受けるということは、どういうことだろう。

相手の技を受けるということは、相手の技を受けることによって、

相手がいったいどれだけの力量、実力を持っているのかを十分に計り、

相手の技を見極めることにあるといわれている。

即ち相手の実力を知った上で、有利に事を進めれば、

百戦百勝の機を捉える事ができるのである。

古代中国の孫子兵法に

「相手を知り己を知れば、百戦危うからず。相手を知らず己を知れば一勝一負す。
相手を知らず己を知らざれば戦うこと必ず危うし」

とあるが、まさにそのとおりである。

相手から攻撃を受けたらすぐに反撃をする。

受け自体が相手にダメ−ジを与えて、相手の次の手を封ずる。等

受け手から始まるということは、技の消極的な部分と積極的な部分が交錯して、

合致の妙を発揮するというところではないだろうか!

したがって、いろいろな意味で、「空手に先手なし」=「空手に受け手あり」で、

空手道の形は、すべて受けから始まっているのである。



受けには、受けの5法(5原理)がある。

「落花」  「流水」  「屈伸」  「転位」  「反撃」 である。


@落花とは

落花とは、咲き落ちた花に対し、大地は体をかわしたり、避けたりせず、花の落ちてくるのをそのままの位置でがっしりと受け止める。
これにちなんで、相手の攻撃に対する受けの態度がちょうどこの大地に似ているという意味で「落花」と名づけられている。
相手の攻撃をそのままの位置にて力強くがっちり受け止める受け方である。


A流水とは

流れる水のごとく、相手の攻撃に対して、けっして逆らわず、相手の力をその方向に流れさせる受け方である。例えば入り身をして猫足立ちで下段の手刀受けなどように、いわゆる相手の力に逆らわない受け流しでのことある。


B屈伸とは

相手の攻撃に対し、体を屈し、または伸ばすことにより、相手との間合いの調整を行って、受け、反撃を行うことである。
例えば、ピンアン2段の前屈立ち下段払いから、前足を引き基立ち上段撃ち下ろしの屈伸運動による受け即攻撃の事である。


C転位

自らの体の位置を変えることにより、相手の攻撃目標の位置をずらして防御することである。
いわゆる相手の間合いを見切る事であり、顔の向きを曲げたり、少し腰を低くするなど、相手の攻撃を避けることである。


D反撃

相手の攻撃に対し、体を引いて防御するのではなく、攻撃に併せて反撃することにより同時に防御がなされるということである。即ち受け即攻撃となる。
たとえばバッサイダイの突き受け、山突きといえばわかりやすいだろう。


以上受けの5法であるが、この受けの5法を行おうとするとき、転身八方、転歩五足の運足法、間合い、さらに心の4戒、武道の4要素などが微妙に絡み合い、連動されて、受けの目的が達成されるものと考えている。